依存症だと認めることの難しさとは?

前回の記事では、アルコール依存症のパートナーが私の日本への一時帰国中に一か月の断酒生活から一転、連続飲酒に陥って仕事を失った話を書きました。

私が日本からニュージーランドに帰ってくる2日前の4月16日から彼はお酒を飲んでいませんでした。

それで、「また一か月くらいは断酒できるかな」と思っていたら、20日から「新しい仕事が決まらなくて不安」とまた晩酌が始まりました

21日から23日まで晩酌が続き、口には出さないものの少しイラっとする日が続いていました。

25日も晩酌をしていて、私はいつも通り先に寝て、26日の朝起きたら彼がいなくて、スマホを見たら「今、同僚の家にいる。今日は飲むことにした」と彼からテキストが。

どうやら私が寝てからUberで同僚の家まで行って、そこで開かれていたパーティーに参加してさらに飲んだようでした。

そして、その日も引き続き飲むと。

結構イラっとしましたが、以前の<朝起きたら玄関の鍵が開けっ放しで、運が悪ければ強盗に入られ放題の状態かつ本人は連絡なしで不在>よりは改善したからまあいいか、と…。

その日は結局、午後早くに家に帰ってきてまたちびちび飲んでいました。

24日の時点で「どうもストレスを感じた時に飲んでしまうようだから、カウンセリングに行ってストレスへの対処法を学んだ方がいいんじゃないか。次に連続飲酒に陥ったらカウンセリングを受けてほしい。あと、AAのミーティングは最近さぼりがちだけどきちんと出た方がいい」と私が提案したら、彼は「分かった。そうする。…実はもう精神科医への紹介状をGPからもらっている」とA4一枚のレターをひらりと見せてくれました。

そしてレターの日付を見たら3月27日付で、「4月10日までに予約がなければ、この紹介状は取り消されます」と書いてありました。

つまり、私が見た時点でもうその紹介状は無効になっていました

「え、何で行ってないの?」と私が驚いて聞いたら、「カウンセリングなんか受けなくても自分で何とかできると思って…」と。

処方薬が出ているのに「弱い奴が飲むもの」と飲んだり飲まなかったりしていたのと同様に、カウンセリングも「弱い奴が受けるもの」と受けなかったという。

相変わらず、Toxic Masculinityが強すぎます。

社会的に、依存症には「意志の弱い人間がなるもの」というスティグマがあるから、本人が受け入れるのに時間がかかるのでしょう。

でも、ちょっと勉強すれば、依存症は「意志が弱い人間がなるもの」どころかその本人が生きるためには依存するしかなかった状態だったと分かるのですが…難しいです。