プロフィール


菊川美代子

2012年3月に同志社大学大学院博士課程単位取得退学、2012年5月にオーストラリアへワーホリビザで渡航。
オーストラリアで2年間のワーホリ、NZで1年のワーホリを経て、現在はパートナービザ(Work Visa Based on Partnership)にてNZに滞在しています。
オーストラリアで出会ったアイリッシュのパートナーと永住権目指して奮闘中。
私のオーストラリアワーホリ体験談はこちら

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ご連絡はmiyoko.kikukawa★gmail.comまでどうぞ。(★を@に変えてください)

生まれる国を間違えた疑惑

 

日本を飛び出して以来、
水を得た魚の様に生きるのが楽になりました。

日本で生まれましたが、
「生まれる国を間違えたのかも」と思うほどです(笑)

日本を出る前は
「海外での暮らしは日本より苦労が多いのでは?」
という先入観がありました。

確かに言葉や文化の面などでの苦労は日本より多いですが、
精神的な面では日本にいた時より遥かに楽になりました。

以下に私が日本を出ることになった経緯と、
日本を出てからの経験を書いてみます。

一人暮らしすら未経験で海外生活開始

日本での私は大学院生で、
生まれも育ちも関西でずっと実家から通学していました。

一人暮らしの経験はなく、
実家でも家事の手伝いは一切せず、生活力は0の状態。

日本から出る前の海外経験といえば、
海外旅行に数度出かけたことがある程度。

 

そんな私が一大決心をして日本を出ようと思ったのは、
原発事故後に自分に起こった体調の変化でした。

今までに感じたことがない体の異変

おかしいと思っていたところに
Twitterにてふと目についた原発事故の話が気になり調べると、
内部被曝の話を目にしました。

そこで、チェルノブイリについての文献や論文を読み
内部被曝の危険性を学びました。

私の専門であった神学や宗教学、歴史学とは異なる分野の資料ですが、
信頼が置ける文献や論文の見極め方は同じなので
大学院で身に着けた知的技術が私を思わぬ形で助けてくれました。

それらの資料から得た知識をもとに
それまで気にしていなかった食べ物を
加工食品も生鮮食品もすべて西日本のものにしてみたところ、
全ての症状が一か月もしないうちに消え失せました。

この結果から、
原発事故後に放射能汚染された食べ物から内部被爆をしていて、
それが原因で体調不良が起こったのだと結論を出しました。

食べ物を西日本のものにするといっても
外食では全て西日本の食べ物にするのは不可能ですし、
物品の放射能汚染も気になりだしたので、
もう日本を出てしまおうと決意しました。

武器は学術的思考のみ

日本を出ようと決意したものの、
大学院生だった自分には手に職もキャリアもなく、
英語にも不安がありました。

専門分野の論文を英語で読んではいましたが、
読むペースは遅く、
論文で書かれているような英語は文語なので
日常会話では堅苦しすぎて不自然で使えません。

そんな自分にできることといえば
不器用ながらも自分にできることを精一杯やることでした。

最初の数ヶ月間日本語を話すのは月に一度あるかないかという
英語漬けの環境に自分を追い込んだり、
違法低賃金の日本食レストランで働かざるを得なかったので、
国内の外国人からの収奪を孕む移民国家の矛盾を考えたりと。

 

どんなに金銭的、精神的に苦しい日々が続いても
自分の学術的・知的技術を駆使して出した結論に
絶対の信頼を置いているので
「自分がこんな苦労をしてまでも
ここにいるという選択は絶対に正しい」という信念を持ち
踏ん張ることができました。

 

 

貯金なし・手に職なし・要領悪しで海外長期避難

英語が不安だった私は
シドニーで語学学校に10週間通うことにしました。

日本から持ってきた貯金が50万円弱で、そこから学費を払い、
シェア入居のための預かり金を支払った後は
数万円しか手元に残っていない状態でした。

すぐにでも稼げる仕事を探さなければいけなかったのですが、
当時の最低法定賃金が15ドルだったのに、
技能も英語力もない私は
時給10ドルという違法賃金の日本食レストランでしか
仕事がもらえず。

そこで日系ではない仕事を探したのですが、
200件ほど応募したのに面接にすら辿り着けず
一年近くフルタイムの仕事が見つかりませんでした。

最終的にはコネでフルタイムの単純作業の仕事が見つかり、
経済的に何とか独り立ちできましたが・・・。

やはり暮らしていく上で生活費がかかるので
長期避難のためには仕事にありつけることが重要です。

なかなか仕事が見つからなくても
腐らずに粘って英語を磨いて仕事を探し続ければ、
私のような人間でも一年以内に単純作業とはいえ仕事が見つかり
海外で何とか経済的に自立できました。

しがらみがない世界に住む

オーストラリアとニュージーランドに住んでいると、
日本で雁字搦めになっていたような
「家族・親族」「世間の目」「年齢」といった
しがらみから開放されます。

多民族国家では一人一人の人間の常識が異なるのが当然なので、
「こうあらねばならない」という型を押し付けられないからです。

一人一人が違って当たり前なのが大前提なので、
「周りがそうするから従うしかない」という
日本のような同調圧力がありません。

 

「○歳なら、そろそろ結婚しないと」
「そんなことをしたら世間の目が…」
「いい年をしてこんな服を着るとみっともないと思われる」
「周囲と違う自分の意見を言うと浮いてしまう」

 

…ということが一切ありません。

 

誰が何歳でどこで何をしようが一切自由ですし、
個人の選択が尊重されます。

周りの目を気にしすぎていた私は
自分が本当にしたいことが分からなくなっていました。

今では本当の自分を出せるので、毎日気持ちよく過ごしています。

志が同じ仲間との出会い

大人になると本当の友達や仲間は出来ない、と
日本ではまことしやかに時として言われているのを聞きますが、
私はむしろ日本を出てから良い友達や仲間に恵まれました。

私は渡豪の際にAPLaCという個人エージェントを利用しましたが、
このつながりで多くの尊敬できる仲間と出会えました。

ここの卒業生は異国の地で日本人村どっぷりにならずに
一匹狼で道を切り開いている人達です。

日本での「常識」が実は「常識」ではないことを皆共有していて、
例えば「将来は起業をしたい」という話や
将来自給自足の共同体を作りたいという話、
海外に永住したいという話をしても
誰も「そんなのは無理だ」「日本が一番」という反応をしません。

その代わりに、「どうしたらそれが実現できるか」ということを
一緒に考えてくれる人達です。

日本以外で自力で生活した経験があるからこそ
初対面でも初対面ではないかのように話し込める
不思議な仲間がたくさん出来ました。

西欧ではポピュラーな事実婚をしてみた

日本では事実婚はまだまだ馴染みがなく
「日陰の存在」のような印象かもしれませんが、
オーストラリア、ニュージーランドを含めた
西欧文化圏の若者の間ではとてもポピュラーです。

私は日本人なので、「なぜ結婚しないのか?」と
何度もアイルランド人の彼と喧嘩しました(苦笑)

事実婚と結婚の違いは、正直そんなにありません。

法的な権利については結婚と同じ権利が与えられます。

同性同士で結婚できない国がまだまだ多いので、
おそらく一番の違いは、
同性同士でもできることではないでしょうか。

察してくれない相手との長いお付き合いを経て…

アイルランド人の彼と付き合い始めてから、
何度喧嘩をしたか分かりません(笑)

文化の違いは話せば最終的には理解できるのですが、
お互いが当たり前だと思い込んでいることほど
相手の常識と外れていたりするので
最初は文化の違いと認識できずにたくさんの喧嘩をしました。

例えば、西欧では人前で男性が彼女の腰に手を回すことは
極めて普通です。

人にもよりますが、
日本では人前では手を繋ぐのと腕を組むのが限度かと思います。

 

付き合い始めて数ヶ月目、彼と一緒に道を歩いている時に
前から日本人の友達が歩いてきたので
彼が私の腰に回していた手を
反射的に振り解いたことがありました。

私のその行動に対して彼は激怒。

西欧では人前で彼氏や配偶者の手や腕を解くのは、
「彼氏や夫を恥ずかしく思っている」からなのだそうです。

だから、「君は俺を恥ずかしいと思っているのか!」と・・・。

彼は「人前でベタベタするのは恥ずかしい」という
日本の常識を知らず、
私は自分の行動がそんなジェスチャーになるという
西欧の常識を知らず、
二人ともお互いの行動の訳が分からず言い合いになりました。

万事が万事こんな調子なので、
「言わなくても察してほしい」というのは無理です(笑)

最初はしんどいですが、その分話し合う機会が多いので
今ではお互いが何を考えているか分かるようになり、
誰よりも分かり合えるようになりました。

実は日本よりも海外で働く方が楽

海外で働くなんてハードルが高いと思われるかもしれませんが、
実は一旦働き始めるとハードルは低いです。

日本人は基本的に真面目なので
日本人の「普通」の基準で仕事をこなすと
大変な働き者として重宝されるからです。

 

 

ちなみに、私の日本でのバイト時代の勤務態度は

「忙しくても同じ給料なら暇な方が良い」
「始業時間ギリギリに来て終業時間になったらすぐ帰る」

でした。

日本では「不真面目」「やる気がない」といわれる態度ですが、
こちらではごく当たり前の態度です。

給料が発生しないのに仕事場に早めに来ないといけないなんて
クレイジーとしか思われません(笑)

会社員が毎年約二か月間の有給休暇を楽しむ異世界

こちらでは毎年4週間の有給が与えられて、
従業員は基本的にそれを完全に消化します。

「基本的に」というのは、貯めることができるので
2週間しか取らなかった年の翌年は6週間取れたりできます。

未消化の有給は退職時に現金に換算されて支払われます。

4週間の有給休暇に加えて、会社によって長さは違うものの
年末年始はクリスマス休暇で2週間ほど会社が閉まります。

それに加えて、有給とは別に病気休暇の権利が
最低でも年5日定められています。

病休でももちろんお給料は支払われます。

という訳で、一年の内二ヶ月弱は働いていない計算に。

日本だと学部卒や院卒の22歳や24歳で就職した後、
丸々一ヶ月の休暇を取れるのは基本的に定年退職後ですよね。

この世界でするべきことなど何もない

日本にいた時は
「生まれてきた以上は何か使命があるはずだ」と考えて、
自分は何をするべきかを探し続けていました。

研究者の夢を諦めて宙ぶらりんの状態になった時に
「しなければいけないことなど何もなく、
ただ生きて毎日を楽しめばいいのだ」とある日ふと納得し、
長い間苦しめられていた焦燥感のようなものがなくなりました。

この世界の大多数の人達は何がしたいか分かっていないし、
それでも何となく日々を楽しく過ごして生きているのだろうと。

手に職もコネもない自分がそれでも日本を飛び出したのは
生きたかったからという理由だけで、
自分はただ安全な場所で楽しく生きられればそれで幸せなのだ、
と思うようになりました。

明日死んでも悔いのない生活

逆説的ですが、こうして毎日を楽しんで生きていると
明日死んでも悔いがないようになりました。

もちろん配偶者や、子供をまだ産んでいないこと、
親より先に死ぬことへの心残りはありますが、
置かれた状況で常にその時点で出来うる最善を尽くしてきたため
悔いがなくなりました。

「自分にやれることは全てやった」という感覚です。

…こうして見ると、
思い切って行動さえすれば手に職がなく要領も悪い
私のような人間でも海外長期避難は可能なことが
分かってもらえるかと思います。

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