日本への一時帰国で気になったこと

スポンサーリンク

 

4月7日から4月17日まで、実家がある関西に一時帰国していました。

一時帰国は4年ぶりで、色んな場所や物事が少しずつ変わっていて
寂しい気持ちが少し。

ニュージーランドに帰ってきてからはまだ若干の時差ボケで
夜寝付くのがちょっと遅かったりして疲れがまだ抜けませんが、
一時帰国中に色々と感じたことがあったので覚書として記事にしてみます。

4月7日

夕方に関空に到着、実家へ。

 

4月8日

近所のショッピングモールでイオンの品揃えにうっとり

ニュージーランドは品揃えが悪いので
買い物に行ったら必要なものだけ買って帰るのに、
日本だとつい色んなものに目が行ってしまいます。

食料品はアメリカ産牛肉やチリ産ブドウなど結構外国産のものがあって、
化粧品を見ると日本製ばかり。

やっぱり日本は食料自給率が低い工業国なんだなー、と。

でも服を見るとデパートに入ってる服屋でも日本製が少なめで
中国製やバングラデシュ製、ベトナム製などが多くて、
一方でデパートで売られている靴は日本製が結構あったりしてよく分かりません。

「立つしゃもじ」とか、なくても別にいいんだけどあれば便利という物品が多くて、
痒い所に手が届く品揃えですね。

日本の製品や店頭のディスプレイはとにかく文字が多いと感じました。

例えばシャンプーのパッケージには
「天然成分〇〇配合でうるさやツヤ髪に!」などと書いてあって、
さらにその横に「〇〇ランキング第1位」と書いてあるシールが貼ってあったり。

よく分からない色んなランキングの一位の製品が並んでて
「私はそのランキングに参加してない」と思いつつ眺めていました。

英語のように表音文字の言語を使う国は失読症の人が結構いるから
パッケージやディスプレイはシンプルな方が良くて、
日本語や中国語のように表意文字の言語を使う国では
失読症の人の割合が比較的少ないので
ディスプレイや包装にたくさん文字を使って読ませても大丈夫なのかもしれません。

あと、店員さんがすごく話さないといけなくて大変そうでした。

「ただいまケース買いされた方は6%オフでーす」など
特定のお客さんに向かって話すのではなく、
情報を口頭で店内にいるお客さんに伝える形式で伝えないといけない
感じ。

それはまあ別にありかと思います。

あとは虚空に向かって何度も繰り返される「いらっしゃいませ」はともかく、
「どうぞご利用くださいませ」は何か妙で、
聞くたびに「何を?」って毎回思ってしまいました。

多分何かしら発声してないと上の人に怒られるんでしょうね…。

ショッピングモールでうっとりした後は近所の市役所の分室へ行って、
非居住者が無犯罪証明書の申請に必要な住民票の除票を取得。

分室は明らかに人員過多で、
一切仕事をしてる様子のないおじさん達がいて羨ましかったです。

私もそういう何もしない仕事に就いて楽にお金が欲しいので。

 

4月9日

梅田でブラブラ。

阪急百貨店の中にいると高級ファッションに身を包んでいる人ばかりで
「本当に不況なんだろうか」と思いましたが、
ファッションビルにGUと100均が入っていて驚きました

別にGUや100均は何も悪くないし便利ですが、
ファッションビルのテナントという感じではない気がしました。

7年前はファッションビルには入ってなかったのに…。

やはり不況で日本人が洋服や物品にかけられるお金が少なくなったのでしょうか。

ユニクロの店舗も何だか増えていました。

外国人観光客による需要によっても増えたのかもしれませんが。

 

4月10日

心斎橋にある美容院でヘアカット。

心斎橋のOPAにも100均とGUが入っていて驚きました。

ヘアカット後は京都に移動して、マッセイ大学の仕事で仲良くなった
立命館大学の子達と四条河原町で一緒に夕飯。

とても楽しかったですが、
日本では学生の頃から上下関係が本当に厳しいなと思いました。

別に体育会系の子達でもないのに一つ学年や年齢が違うだけでもう絶対に敬語だし、
二回生と三回生の子達だからせいぜい1歳か2歳差で
見た目ではどの生徒がどちらの学年かなんて分かりませんが、
しばらく見てるともう態度や敬語で学年が分かります。

上下関係がちょっと軍隊っぽいですね。

 

4月11日

無犯罪証明書の申請に神戸市にある兵庫県警警察本部へ。

 

4月12日

どっと疲れが出て一日実家で転がって過ごしました。

 

4月13日

大学時代の友人と一緒にお昼ご飯。

最近の日本人の女性ファッションの流行が
20代から50代まで同じになった驚きを共有
しました。

私達が大学生だった頃(14年前…)は「お姉系」「原宿系」など
色んな系統があったのに、そういう違いがなくなってしまっていました。

繁華街を歩いていると、結構な人数の幅広い年代の女性が
制服のようにベージュのトレンチコートを着てロングスカートを履いていて…。

どの服屋を見ても売ってるデザインが一緒で、
私が好きなコンサバファッションは2019年の日本ではもう滅んでいました

 

4月15日

また疲れが出て一日家で転がって過ごしました。

 

4月16日

放射脳の私がニュージーランドから選ばせてもらったお店
京都と三重に住むAPLaCの卒業生仲間達とお昼ご飯を一緒に食べました。

外国からはるばるやってきた人として迎えられるというよりは、
「久しぶり~」とお互いフラットなテンションで挨拶を交わしてから近況報告。

お昼ご飯の後はイタリアから一時帰国していた卒業生が合流。

放射脳の私がいたので店選びが若干難航するも、
サイゼリヤを近くで見つけて入店してドリンクバーを頼んで、
コーヒーやジュースを飲みながら、ただ話していました。

イタリア生活の話を聞いたり、国際カップルあるあるで盛り上がったり。

外国語だと喧嘩していてもどこか冷静で、怒って怒鳴ってたりしても、
口に出した瞬間に「今動詞を複数形にするの忘れたクソッ」などと
心の中で絶対に悔やんだりする
んですよねー。

サイゼリヤでお茶後は解散。

 

4月17日

近所にある露天風呂付スーパー銭湯へ。

平日昼間なので人が少なめで、露天風呂に浸かりながら
「日本っていいな」とふと思いました。

放射能汚染がなかったら、お風呂から出た後は館内にあるレストランで畳に座って
安くておいしい刺身定食でも食べて「日本人で良かった」と思いながら
家に帰るのかなと一瞬想像しました。

でも現実にはどの店が安全か事前に確認してからじゃないともう自分は入れなくて、
歩いてておいしそうな店にふらっと入ることができないからなと考えて悲しくなりました

それに実際に日本に住むとなったら
高い確率で低賃金で長時間労働の職場で病休も有休も取れない環境で
働くことになるだろうし、買い物も品揃えが良くても私は日本製は買わないし、
別に毎日買い物もしないし、ホリデーでたまに訪れるからこそ楽しいんですよね。

夕方にパッキングを完了して、18日の朝7時関空発香港行きのフライトに備えて、
関空内にあるカプセルホテルにチェックイン。

カプセルホテルはカーテンでしか仕切りがないので
全ての人の全ての音が始終聞こえていて、ろくに眠れず。

誰かがポテトチップを食べている音まで全部聞こえました…。

二度とカプセルホテルには泊まらないし、
安いからといって深夜や朝方のフライトは予約しないと決意しつつ4時半にチェックアウト。

香港行きのフライトでは二人掛けの座席で、
横に誰も座ってなかったので上半身を横たえてぐっすり熟睡。

このラッキーな休息がなかったら私は倒れていたかもしれません。

現地時間朝11時前に香港空港到着。

次の記事では約12時間の香港でのトランジット中にした
弾丸香港市内観光について書きます。

タイトルとURLをコピーしました