不健康な関係性にいることを実感する瞬間がふと訪れたら?

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私のパートナーはもう数年間アルコール依存症で、
麻痺してしまっていますが、ふとした時に
「私達の関係は不健康だ」と思い出すような瞬間があります。

このブログで何回か言及したと思うのですが、
アルコール依存症の元夫と離婚した女性が主催している
Love Over Addictionというプログラムのポッドキャストを私は聞いていて、
その時にふと今の私の状態をとても似た状況の他人が言葉にしていて、
何だかより客観的に自分の状況が見えた瞬間がありました。

先日更新されたエピソードでは
アルコール依存症の配偶者と一緒に居続けている女性の話が出ていました。

その女性は主催者の友人で、
彼女は良い仕事に就いていて、
配偶者との間に子供が二人いるそうです。

子供はそう小さくなく、何かあれば自分達で報告できる年齢なのだとか。

彼女は配偶者の目の前でアルコールを気にせずに飲むし、
配偶者を子ども扱いせず、
配偶者が家の中に隠したアルコールを見つけてもただ悲しく思うだけで、
自分の一日を淡々と続けるのだそうです。

「その配偶者との関係に、長期的な未来図はあるのか?
一生、その配偶者と添い遂げるのか?

と質問した主催者に対する彼女の答えは以下だったそうです。

正直、個人として、母親として、女性として私はとても健康になった。
私は自立するようになって、何に対しても彼は必要ない。

これは普通ではないし、私は子供達のためにこの関係に留まっている。
多分、彼らが大きくなって家を出る時が、別れを考える時だ。
でもその間、彼との関係性をたまにとても楽しむこともある。
彼を恨んでいないし、一緒に笑ったり、幸せだったり、
彼が素面の瞬間を楽しんでいる。
彼が飲酒している時は、普通のカップルみたいに喧嘩する。
でも、バランスを保っている。
彼の人生はとても悲しいし、とても気の毒に感じる。
でも私は彼の母親じゃないし、彼の飲酒に私は何の責任もない」

彼女の考えは私と全く一緒だ、と驚きました。

その一方で、こうして改めて他人の口から言葉となって聞くと、
とても悲しい状態
だとも思いました。

何に対しても配偶者は必要ない、というのは強さでもあるのですが、
配偶者がいるのに全く頼れないのは
普段は問題ないのですが、精神的に辛い時があります。

例えば先月、私の体調が二日ほど悪かった時があったのですが、
彼は連続飲酒の真っ最中で全く看病してくれず、
虚しくなったことがありました

ベッドから動けない、というほどのレベルでは全くなかったので
自分でコップの水を汲みに台所に行ったり、
冷凍庫から残り物を取り出してレンジで解凍して食べたり、
簡単な野菜スープを料理して食べたりして何とか回復しました。

自分が助けてほしい時に飲酒ばかりで全く助けてくれないと、
本当に彼と一緒にいる意味がないと痛感する
というか。

とてつもない重病での24時間介護などを頼んだわけではありません。

ただ部屋に時々来て様子を見てくれるだけ、
コップの水が少なくなっていれば気を利かせて台所で汲んでくれるだけ、
インスタントのスープでもいいから用意してほしかっただけ
なんです。

彼はひたすらガレージで飲酒していたから、
そんな小さなことですらしてもらえないし、頼むことすらできませんでした

「こんなに蔑ろにされ続ける関係性に留まるなんて、ありえない。
私をもっと良く扱ってくれる人は他にいる」
と確信しつつ、体を休めていました。

もう九年以上一緒にいるし、もちろん彼にまだ愛情はありますが、
私のビザが彼に紐づいているから別れてないだけであって、
その縛りがなければもう去年あたりに別れていると思います。

永住権があと一年ほどで下りる見込みなので、
下りたら街中心部の職場近くで一人暮らししよう、
車は売りたくないけどどうしようかな…などと
かなり具体的に考え始めています。

永住権が下りたら彼は今の地域と雇用主の縛りから自由になって
全国どこでもどんな仕事にでも就けますが、
二~三週間に一度一週間丸々欠勤する人がどんな仕事ができるのか…。

私は子供が欲しいのですが、もう38歳で時間が無くなってきているし、
回復する気がないアルコール依存症者が父親だと子供に悪影響すぎて
彼と子供を持つことは考えられません。

彼が回復の道を選ぶか側で待ってあげられる期限はもう過ぎました。

 

 

「私達の永住権が下りた時にまだ飲酒してるようなら、
最低でも別居するからね」
と彼には伝えてあります。

そこで「断酒する」と言うのではなく、
「分かった。悲しいけど君の決断を尊重する」と言って
伝えた翌日も申し訳なさそうに飲酒する
のを見ていると、
本当に何だか「無」になります…。

悲しくなって泣いても良さそうな状況なのですが、
「やっぱり」「もう知らない」という気持ちが勝っているというか。

不思議な感情です。

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