元博士課程の学生が放射能安全論の根拠を考察してみた

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日本政府は福島第一原発から飛散している放射性物質について
心配する必要はないと主張していますが、
その主張の根拠は何なのでしょうか?

 

 

安全論の立場からすると、現在飛散している核種について、
質量ともに問題なしということらしいです。

まず質については、東京電力が次のように
質的差異はないとに述べています。

「自然放射線も人工放射線も、アルファ線やベータ線、ガンマ線などの放射線で、物理的性質に差はなく、身体に与える影響にも違いはありません」(「事故と放射線に関する基礎知識」東京電力(株)・福島第一原子力発電事故)。

 

また、文部科学省も次のように述べています。

 

「放射線は、宇宙から降り注いだり、地面、空気、そして食べ物からも出たりしています。また、私たちの家や学校などの建物からも出ています。目に見えていなくても、私たちは今も昔も放射線がある中で暮らしています。」(文部科学省『小学生のための放射線副読本(PDF版)』  2013年、9頁)

 

しかし安全だとは断言されておらず、「放射線が人の健康に及ぼす悪い影響については、まだ科学的に十分には分かっていません」(同上『小学生のための放射線副読本(PDF版)』、11頁)と書かれています。

 

 

また、学者では、福島県放射能リスクアドバイザーである
山下俊一長崎大学大学院教授が
福島原発事故は心配するに足りないと言っています。

この記事では、山下教授の発言の矛盾を見ていきます。

安全だと説明した村は10日後に「計画的避難地域」に指定された

山下教授は2011年4月1日に東電福島第一原発から30キロ圏内にある
飯館村で村議会議員と村職員を対象にセミナーを開き、
放射能は安全であると以下のように説きました。

「(飯舘村で)今、20歳以上の人のガンのリスクはゼロです。この会場にいる人達がガンになった場合は、今回の原発事故に原因があるのではなく、日頃の不摂生だと思って下さい」(「飯舘村 御用学者に振り回されたあげくに」田中龍作ジャーナル)

2011年3月28・29日に京都大学原子炉実験所(現・京都大学複合原子力科学研究所)所属で
原子力の危険性を訴え続けた研究者達「熊取六人組」の一人である
京都大学原子炉実験所の今中哲二助教らが飯舘村に入り
130地点で測定調査を行った結果、南端地域の曲田の土壌から
チェルノブイリ原発事故の強制移住基準を超える線量のセシウムが
検出されていました。

また、文科省の同時期の調査でも
雑草などから高いレベルのセシウムが出ていました。

それによりマスコミが騒ぎだし、
それを受けて山下教授が4月1日に飯館村に赴いたとのことです。
(同上、「飯舘村 御用学者に振り回されたあげくに」)

さらにその9日後の4月10日には、
山下教授門下の杉浦紳之近畿大学教授が飯館村に赴き、
「放射能は恐くない」と説きました。

しかしながら、その翌日に飯館村は政府により、
その全域が「計画的避難地域」に指定されました(同上)。

飯館村で開かれた山下教授のセミナーの内容を
村職員、村議会議員から得た情報をもとに再現したものが以下です。

長いので、いくつか抜粋して引用します。

引用は全て田中龍作ジャーナルの
「飯舘村 山下教授 「洗脳の全容」」という記事からです。

 

「1度に100mSv/h以上の放射線を浴びると発ガン性のリスクが上がります。放射線は赤外線などと同じで、近づけば熱いが離れれば離れるほど影響はなくなるので、今、福島第1原子力発電所で出ている放射線は、40km離れている飯舘村までは届きません。問題なのは、放射性降下物(塵のようなもの)が降ってくることです。」
「今の飯舘村の放射線量(Sv/h=シーベルト/時間)では、外部被ばくは全くありません。問題は、内部被ばくです。今日は内部被ばくの話しをしに来まし た。皆さんは、普通に生活していても年間1.5mSvの放射線を浴びています。自然界から浴びる放射線の量はその場所によって違う。ブラジルでは年間10mSvの放射線を浴びる地域もあります。」
「100mSv/hの放射線を1回浴びると100個の細胞が傷つきます。1個くらい直すときに間違えるときがある。1000mSv/hだと1000個の細胞が傷つく。そうすると3個位間違えてしまう。発ガン性のリスクが高くなります。しかし、そのガンになるリスクは決して高いものではありません。たばこを吸う方がリスクが高いのです。今の濃度であれば、放射能に汚染された水や食べものを1か月くらい食べたり、飲んだりしても健康には全く影響はありません。」
質問:「原発の従事者は被ばく上限が年間50mSvであるに対し、一般人は年間1mSvである。差があるのはなぜか。」

山下:「一般の人の被ばく上限は1歳の子どもを基準に作られている。また、一般の人が不用な被ばくを受けることがないように数値が設定されている。従事者は20歳以上なので50mSvでも問題がない。ガンのリスクが上がるのは年間100mSv以上である。それ未満であればリスクはゼロと考えてよい。」

 

さて、東京電力、文部科学省と山下教授は
自然放射線と人口放射線は同じであると主張していますが、
それは本当なのでしょうか?

市川定男埼玉大学名誉教授は、それは本当だが、
生物への影響を語る上で重要なのはそこではないと主張しています。

人工放射性核種と自然放射性各種は生体内の挙動が異なる

市川教授は、ムラサキツユクサをもちいた
微量放射線の遺伝的影響の研究で
ごく低線量でも生物に影響があることを証明した方です。

市川教授は、原発推進側は「人工放射線と自然放射線」の比較をするが、
本当に比較しなければならないのは
「人工放射性核種と自然放射性核種」だと主張します。

市川教授によれば、天然にある放射線も出す放射線は
α線かβ線かγ線で同じなのだそうです。

放射能というのは放射線を出す能力で、
最終的に生物の細胞に傷をつけるのは放射線ですから、
放射線が同じなら人工でも自然でも同じではないかと
昔は考えられていました。

ところが濃縮するかしないかという挙動の違いがあることが分かり、
それは間違っていると判明しました。

それでもなお、推進派は
「人工放射性核種と自然放射性核種」の比較が都合が悪いとなると、
わざと「人工放射線と自然放射線」の問題にする
のだそうです。

人工の放射線でも例えば医療の放射線を出してきたり、
天然に宇宙から飛んできている放射線も、
放射線は放射線で人間を傷つけている、
人工にも自然にも差はない、と。

確かに、放射線をとりあげたら差はありません。

しかし重要なのは放射線ではなく、
放射線を出す能力を持った放射性核種が、
生物の中で蓄積するかしないかの違い
です。

自然放射性核種は、生物の進化と適応の過程で、
全生物が蓄積しないという形で適応
しています。

その一方で、人工放射性核種は挙動が異なり
体に蓄積してしまい、
ずっと至近距離から被爆し続けるので危険
なのだということです
「【放射能】自然放射線と人工放射線のちがい _ 市川定夫氏」)。

原発事故以前と以後の公衆の法定被曝許容量の違い

これまでmSV(ミリシーベルト)という単位が何回か出てきますが、
これは放射線の単位です。

原発事故前の日本は、放射線技師など放射線取扱従事者ではない
個人においては年間1mSVが法的な被爆の許容量であると
定めていました。

それが事故後には年間20mSVに引き上げられました。

放射線取扱従事者は事故前から年間5mSVが上限です。

それでは、上の引用箇所で出てきた50mSVというのは何かというと、
放射線業務を行う事業者の労働者の通常作業時の年間被曝量制限値です。

1年間で50mSV、5年間で100mSVをを超えると仕事を失います。

したがって年間20mSVを目安としています。

また、放射線管理区域の線量レベルは年間5mSVであり、
労働基準法では18歳以下が働いてはいけないと定められています。

さらに、20mSVは原発労働者が白血病になった際に労災認定が下りる数字です。

それでは、1mSVや20mSVなどその数字の根拠は何なのか?というと、
小出裕章さんによれば、それは「社会的な値」だそうです。

 

小出:……なぜ1ミリシーベルトや20ミリシーベルトという数字が決まったかというと、……20ミリシーベルトは当然危険だけれども給料をもらっているのだから我慢をしなさい、といって決められたわけです。

1ミリシーベルトにしても、危険がないわけではない。けれども、この日本で住むからにはその程度は我慢をしなさい、ということで決められていたのです。ですから、1ミリシーベルトも20ミリシーベルトも科学的に安全な基準でもなんでもなくて、いわば社会的に決められた値だったのです。

……残念ながら、福島第一原子力発電所の事故が起きてしまい東北地方と関東地方の広大な地域が放射能で汚されてしまいました。そうなると、今までの法律はもう守ることができない、今は平常時ではなくて、緊急時なのだから、住民に被曝を我慢させるしかないというふうに国が踏んだわけです。

……世界にはICRP(国際放射線防護委員会)とか、IAEA(国際原子力機関)という組織があって、事故などの緊急時には1 ミリシーベルトから20ミリシーベルトぐらいの被曝はもう我慢させなさいという勧告を出しているのです。それを利用して日本でも20ミリシーベルトぐらいまでは我慢させてしまおうということを決めたわけです。

R:緊急時には仕方がないとのことですが、福島の事故から3年が経とうとしています。緊急時は何年続くのでしょうか。

小出:分かりません。ICRPやIAEAが言及していた緊急時というのは、ごく短期を想定していたと私は思います。けれども、福島の事故で被曝をしている人たちは、これからもおそらく何十年という単位で被曝をしていきますので、これを緊急時とは呼べないと思います。

R:緊急時についての定義・期間は、勧告の中には何も書かれていないということですか。

小出:そうです。
「<小出裕章さんに聞く>年間20ミリシーベルトは安全なのか?国際機関も加担する「社会的数値」とは」 アジアプレス・ネットワーク)

 

 

「福島は世界最大の実験場」--福島県民をモルモット扱い

話を戻します。

2011年4月1日に「放射能は安全」との説明を
飯館村で行った山下教授は、
2011年の5月1日に福島県立医大が開催した
「健康管理調査スキームについての打ち合わせ」
(福島県と福島県立医大の関係者14人が出席)の場にて
年間1mSVでの生活補償・医療費について
以下のように言及していたことが明らかになりました。

「JCOと事故と同じ考え方であれば1ミリシーベルトで補償の問題もでてくる」

「JCO事故での補償・医療費を含めた総額は100~200億円。財務省に対して要求するならば生活補償、医療費まで含めると毎年1500億円か。かなり大規模になる」
「「福島県は世界最大の実験場」「1ミリで支援」山下俊一氏」 OurPlanet-TV)

 

また、山下教授は2013年2月13日の
第10回福島県健康管理調査の記者会見では、
事故当時18歳以下だった福島県の子どもたち3万8000人の中で
3人の小児甲状腺がんの患者が見つかり、
あと7人に細胞診の結果「小児甲状腺がん」の疑いが強いと
されたことを報告しました。

そしてさらに、山下教授は次のように述べました。

(菊川注――チェルノブイリ事故後の超音波検査は今から15年も20年も前のことであるため)これは使った機器、精度、そして技術者の度量いろんなものを含めますから、今の状況(菊川注――福島県の18歳以下の甲状腺検査)と当時の状況を照らし合わせるのはできないというのは常識であります」(「第10回福島県健康管理調査 記者会見(37分))。

 

しかしながら、山下教授は2013年3月11日に
アメリカの米国放射線防護・測定審議会(NCRP)の第49回年次総会で
『福島原子力発電所事故と包括的健康リスク管理』と題する
記念講演を行い、全く異なることを述べたのです。
講演のスライドはこちらから見ることができます。

このスライドの61ページでは、次のように書かれています。

”Of the 76 cases in which FNAC was performed in 1st Preliminary Survey, 10 cases were diagnosed as malignant or suspected for malignancy, and thyroid cancer was already confirmed in 3 of the 10 cases after thyroid surgery.”(訳:甲状腺検査の1次検査(平成23年度)の中で76名の穿刺(せんし)吸入細胞診(FNAC)がすでに行われ、10件が悪性または悪性の疑いと診断され、甲状腺手術の結果、10人中3人が小児甲状腺がんと診断された)

 

しかし、次の62ページで
10人全員が小児甲状腺癌として数えられています。

また、スライドの11ページと62ページで、
山下教授自身ががかつてチェルノブイリ事故後に調査に入った
ゴメリでの超音波検査の結果として見つかった
小児甲状腺癌の患者数と福島とを比較しているのです。

前述の記者会見では、山下教授は次のように語っていました。

基本的にはチェルノブイリでも甲状腺の超音波検査を行いました。20年から15年前ですから感度、精度管理においては遥かに劣る。だいたい1万人に1人、多い所で5000人に1人の小児甲状腺癌が見つかりました

 

しかし、スライドの11ページでは、
ベラルーシ共和国ゴメリ州で1998年から2000年に超音波検査や
穿刺(せんし)吸引細胞診のスクリーニングを行った結果、
事故当時0歳~3歳4ヶ月であった子ども
(誕生年月日が1983年1月1日から1986年4月26日…チェルノブイリ原発事故当日)
9720人中、31人の甲状腺癌を発見したことが記されています。

 

 

これは山下教授自身が関わったスクリーニングの検査であり、
自分の書いた論文を自分が引用してアメリカで講演したのです。

日本国内で言っていることと矛盾しています。

すなわち、福島でも原発事故当時0~4歳であった子供達が
10年後や20年後に甲状腺癌を発症する割合が
1万人に数十人である可能性を山下教授自身が示している
といえるでしょう。

 

 

(本文中に引用した記事はすべて2015年7月30日にアクセスしました。
また、山下教授のアメリカでの講演内容とその分析点について、
内部被爆を考える市民研究会のこの記事より教示を受けました)

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